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好意だけ受け取る、とふたりには遠慮してもらったのだ。
長く、ぐだぐだと文句を言うと覚悟していたのに、直前になって示し合わせたようにあっさりと身を引かれて新郎新婦はホッとしたのだが。
――何もないわよ、ね?
ちらり、隣の幸宏に目をやると。
参列者に酒を勧められ、それを全て飲み干している。
彼がウワバミだと聞いてはいたが、顔色ひとつ変えないで平らげていく姿に、ここまで酒豪だったとはと驚くしかなかった。
会がお開きになり、参列者を見送る時も、新居まで帰る時も、足取りに乱れなく、酔いのかけらもなかった。
――帰る?
幸子は家の手前の角で歩を止めた。
そう、「帰る」。
ここが私の家。
帰る場所はこの家。幸宏と暮らす小さなおうち。
住む家はこれから先、いくらでも変わるだろう。けど、彼の元に、そして彼が私の元に帰る日々はこれからも続く。
続かせるのだ。
信じてくれといった彼に信じてもらえる人に私はなろう。
ほら、言ったとおりでしょう、と、どこからか木幡の声が聞こえてきた。
新たな縁を結ぶこと。武先生のように相手が強ければ強いほど、小者は見る影もなくあっちから退散していくんですよ、と。
その通りね。彼女は微笑む。
歩を止めた幸子に合わせて立ち止まった彼と、どちらともなく視線を合わせた。
幸宏は手を差し出し、彼女の手を握る。
「行こうか」と促された。
幸子はうなずき、ふたりは同時に歩を進める。
幸宏は威勢よくカラカラと引き戸を開けながら言った、「ただいまあ!」と。
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