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そうなのだ。
地元紙の三面広告には、誰それに子供が産まれた、祝い事があった、あるいは訃報・葬儀告知など、消息を伝える役目もある。幸宏より幸子にとってありがたいものなのだ。
野原幸子は、東京で、大学教員と結婚した。しかも夫は帝大医学部卒で、博士で、名門白鳳の教授と紹介されていた。
正確には、幸宏は医学部は中退、まだ一介の講師、その上、まだ学位は取れていない。が、この紹介間違えは絶対に意図的にだろう。
つまり、幸子の先の結婚を知る人たちに伝える為のものだ。彼女が着た汚名がきれいさっぱりぬぐわれはしないけれど、かなりの部分を雪ぐのにやぶさかではないだろう。
「こっちの新聞でも教授扱いだよ、登校した時、嫌になるほど冷やかされたさ」
盛大にため息をついた彼の目は、いたずらっ子のように燦めく。
「一日も早く本物にしないと」
口角を挙げて刻まれる。不遜きわまりない、生意気な、魅力的な笑顔に幸子は惹かれた。
「できる。あなたなら絶対」
「慎君に勝てるかな」
「武君に勝てる人、どこにもいないわ」
うん、とうなずく幸宏は照れ隠しで鼻の脇をこすった。
「あの、さ。さっちゃん」彼は身を乗り出して内緒話をするように語りかけてくる。
「はい?」
「いつになったら僕のこと、ちゃんと呼んでくれるのかな」
「小首を傾げる幸子に、幸宏は拗ねた口調で返した。
「何の話?」
「旦那様とか、あなた、とか、そういうこと」
「ま、まだ決めてない」どぎまぎして言い返した。
「あのさ、無意識なんだろうけど。『武君』って言ってるよ。つい今し方も」
「うそ?」
「ホント」
「言った?」
「言った!」
手で口元を覆って、幸子はバツが悪そうな顔をした。
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