1 ダメ出しプロポーズ

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亨が息をのんだ気配がして、私はぎゅっと縋り付く腕に力を込める。 断らないで、今更とか思わないで。 そんな不安が押し寄せる度、あの日拗ねて冷たい態度を取ったことへの罪悪感が募る。 深く長い溜息が吐かれて、ずきりと胸が痛んだのは一瞬で。 背中にそっと、優しく添えられた手のひらを感じた。 「……びびった」 「え」 「別れ話でもされるのかと思った」 ぎゅうぅっ、と強く抱きしめられて、抱きすくめられたまま亨が床に座り込んだ。 苦しくて涙も止まったけれど、息も止まるかと思った。 「と、亨? 苦しい」 「お前は何度俺を脅かしたら気が済むんだよ」 「え、え」 「…………先に言っちまうし」 はー……と、もう一度深い溜息とともに腕が緩んで「……かっこわる」と亨の小さな呟きが聞こえた。 身体が離れて、私の顔を覗き込む。 その顔は、少し拗ねたような顔だった。 「亨?」 「涙止まったか」 こく、と頷くと名残に濡れたままの頬を、少し乱暴に片手が拭う。 ごしごしごしと、しつこいくらいに目の際まで擦られて。 「いたっ、ちょっと。もう大丈夫だってば」 と、亨の手首を掴んで止めようとしたら、逆に手首を掴まれた。 「で……プロポーズの返事だけど」 「えっ?」 「今お前がしただろ、プロポーズ」 にっ、と口角を上げて、少し意地悪に笑う。 そうだ、結局待ち切れずに逆プロポーズをしてしまったことになるのだ、私は。 はたと気付いて、かっと顔が熱を持つ。 手はまるで逃がさないとでもいうように強く握られたまま、私の額に柔らかい唇が触れた。 「……こんな風に、たまには二人で特別な日を過ごすのもいいけど。  俺はやっぱり、日常の中に飾らないお前がいるのがいい」 それは、とても穏やかな声音。 掴まれた左手の薬指に、冷たくて固いものが指先から付け根へと通るのがわかって。 俯こうとする私の額に、また唇を触れさせてそれを押しとどめる。 すぐ間近で、二人の目線が交差した。
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