06. 撒かれる感情

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目を剥く朱美はどうにかショックから立ち直ると、何処に行くのだと当たり障りのない質問を投げた。 確か病院を逃走したと聞いたが、戻らないと不味いのではないか。 尤もらしい助言に、「戻った方が不味いっつーの」治樹は苦笑い。 戻ったら警察が煩いし、隣に腰掛けている那智の頭を撫でながらもう病院には戻らないと告げる。 そしてこの町にも二度と姿を現さない――と。 それは彼が罪を犯したと、遠回しに肯定付ける台詞。 ということは彼等は噂立っていた母親を……下川兄弟は恐怖よりも先に驚愕が朱美を襲った。 「取り敢えず、これはこの前の焼きドーナツの礼だ。借りを作ったままじゃアレだしな。有り難く受け取りやがれ」 治樹はテーブル台に置いてある長方形の小さな箱を指差した。 純白の箱の中身はシュークリームだと言う。 早めに冷蔵庫に入れておくよう言う治樹は、 「さすがに人様の冷蔵庫は開けられなかった」 と鼻を鳴らした。 朱美は彼の台詞に若干ながらも優しさが入っていることに気付く。 一体全体この扱いは何だろうか。 少し前まで他人だから関わるなと冷たく言い放っていたくせに、今は若干だが温かい、何だこの温度差。 「あんた、まさか毒でも仕込んでいるんじゃ」 だったら有り得る。 朱美の言葉に治樹は不機嫌面を作った。 「てめぇ、人の好意をなんだと思ってやがる」 「日頃の行いが祟ってるのよ」 「毒なんざ入れてねぇよ」 「そこまで言うなら一緒に食べてよ。何個買って来たの?」 三つだと答える治樹に、だったら丁度良いではないかと朱美は一緒に食べてくれるよう強要。 些か不安だったのだ。毒でも仕込まれてそうで。 「時間押してるんだよ」 治樹は嫌々な顔を作ったが、 「食べたいです……」 物欲しそうに那智が指を銜えたため、兄貴はあっさりと承諾。 結局三人でシュークリームを食すことになった。
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