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 タツオは数々の打撃でダメージを蓄積させながら、シャワー室の記憶を探った。あのとき自分は「止水(しすい)」を発動させつつ、なにか別な次元に移行した気がする。  シャワーヘッドに開いたすべての穴から奔流(ほんりゅう)のように流れ落ちる生ぬるい水の線一本一本を、好きな順番で額(ひたい)の中央で受けとめることができた。かつてない速度で、微妙なボディコントロールが可能だったのだ。自分では記憶にないが、クニはタツオがシャワーブースのなかで爆発したようだといっていた。爆発したように全身から水煙が立ちあがっていたと。  不思議な球体に包みこまれたような感覚も覚えていた。その球にふれる周囲のものすべてを同時に感じとれた。「止水」による運動能力の加速感覚とはまるで異なった体験だった。知覚が強制的に拡張され、身体(からだ)よりもずっとおおきな球形に押し広げられたようだった。うっすらと銀色に光る球体には、触覚や痛覚や気温の上下といった肌の感覚まで映(うつ)りこんでいるようだった。
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