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優位な敵が相手ならば、こちらから誘いこまなければならない。タツオは「呑龍」のせいで軽快な足さばきを禁じられている。手の届く範囲にカザンを誘導しなければ、一矢(いっし)報いることもできないのだ。
タツオはゆっくりと息を吸い、自ら言葉を発した。
「疲れているな、カザン」
奇妙に間延びした声だが、なんとか自分のものであるのはわかった。カザンに気づかれないように、じりじりと腰を落し、下半身に力を溜(た)めこんでいく。
「…おし…ゃべ…りで…時間…稼ぎ…か…同じ…負け…でも…ノッ…クア…ウト…より…判定…のほ…うが…いい…か…」
やはりカザンの声は低くぶつぎれだったが、だいぶ耳なじみがよくなっている。タツオはゆっくりと左手をあげていく。右手は腰のあたりに引いたままだ。
「逆だ。これ以上は耐えられない。決着をつけよう」
カザンはステップを止めた。腕を組む。羽織(はおり)の胸元が汗で濡れ光っている。
「…ほう…いよ…いよ…観念…した…か…」
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