119(承前)

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 タツオは下半身の筋肉を動かしてみた。太腿(ふともも)やふくらはぎのおおきな筋肉は、かなり動かせるようだ。だが、カザンには絶対に悟らせてはならない。 「これだけの観客の前だ。正面から正々堂々とこい」  タツオの賭けだった。カザンはひねくれ者だ。人にいわれたことの反対をやってくるはずだ。子どもの頃からの癖(くせ)は、決勝の大舞台でも変わることはないはずだ。タツオはゆっくりと迎撃の態勢をつくっている。 「…馬鹿か…誰が…おま…えの…誘い…に乗…る?…相打…ち狙…いが…みえ…みえ…だ…」  カザンが壁の大時計に振り向いた。永遠に闘い続けているような気がするが、まだ試合時間は3分もある。四方につけられた巨大な電光掲示板には、それぞれ2枚ずつタツオとカザンがバストアップで映しだされていた。タツオの顔面は腫(は)れ始めていた。急所はなんとか避けているが、正拳突きや掌底がいくつも頭部を襲っている。防御のためにあげた左手は、添え木と包帯でふくらんでいる。折れた小指はまだ心臓の鼓動と同期して痛みを伝えてくる。
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