119(承前)

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 対するカザンは顔色は悪くとも、打撃の跡のないきれいな顔をしていた。誰が見ても、この勝負は圧倒的にカザンが優位だろう。問題はいつ決着がつくかだけだった。判定にしろ、KOにしろ、カザンの勝利は動かないように見える。  タツオは慎重に狙いを定めながら、カザンに罠(わな)を仕かけた。 「幼馴染(おさななじ)みとして、頼む。このまま一寸刻みのなぶり殺しでなく、一撃で片をつけてくれ。カザンがぼくの右腕が欲しければ、こちらの意識がないうちにくれてやる」  カザンがにやりと笑った。 「…ほう…殊勝…な心…がけ…だな…」  もうひと押しだ。カザンは子どもの頃からそうだった。ひねくれたなりに、単純素朴なのだ。戦闘シミュレーションや盤上の会戦で、いつもタツオの後塵(こうじん)を拝(はい)したのは、カザンが素直な人間だったからだ。複雑で悪いのは、タツオのほうだった。子ども心にタツオはそう刻んでいる。現実の闘いでは悪のほうが有利なのだ。知恵と作戦をもつ複雑な悪は強い。たとえ負けるときでも、卑怯(ひきょう)な手を使っても損失を最小限に抑え、つぎの闘いに備えるのだ。タツオは自分のなかにある悪を見つめながら、幼馴染みに仕かけた罠をゆっくりと閉じ始めた。
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