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119(承前)
「…驚い…たな…」
尖(とが)らせた指の関節で肋骨(ろっこつ)の隙間(すきま)を突き刺したカザンのほうがあっけにとられていた。タツオの防御は間にあわなかったが、手首や肘(ひじ)から先ではなく、左腕全体をゆっくりとだが上げることができたのだ。東園寺(とうえんじ)家秘伝「呑龍(どんりゅう)」の強制催眠下でも、身体(からだ)の自由は広がりつつある。それだけタツオの体内で「止水(しすい)」がクロックをあげてきているのかもしれない。
カザンは身体のあちこちで変拍子をとりながら、軽やかに跳び始めた。西洋式ボクシングのステップとも違う、日乃元(ひのもと)舞踊に似た優雅な所作(しょさ)だ。
「…いく…ぞ!…」
カザンの声がずいぶんと普通に人の話す音声に聞こえるようになっていた。聴覚も次第に復調しつつあるのか。カザンが大振りの右正拳を突きだしてくる。これはフェイントだ。
タツオはつぎの打撃がどこを狙ってくるのか、全身を固くした。
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