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『好きなものって何なんだよ!少なくとも嫌いなものなら目の前にあるよ!』
何てことは叫ばず、大沢は一人で好きなことを唯々考える。
しかし出てくるのはこの怒号を、目の前にあるこの恐怖をいっそのこと自分もろとも消し炭にしてしまいたいなんてことだ。
嘘でも良いから適当なものを言えばいいのに。大沢という男はそれが出来ない。素直過ぎて嘘だとすぐに顔に出てしまいそれが出来ないのだ。そうして責められることを妄想してしまうのだ。
だから、今大沢は怒ったような顔をしながら、恐怖で半泣きになっている。
そんな顔で辺りをギョロギョロ見るものだから涙で景色が歪み、もう辺り全体が歪んで自分を嘲笑っているようにしか見えない。
もう、もう大沢の頭の中には考えが一つしかなかった。
『そうだ、今からトイレに行って二種類の洗剤を混ぜてガスで皆んな殺せば…』
「大沢君、頑張れー!」
ふと、カラカラと明るい声がした。
さっきまで目の前の歪んだ物体をどうにか黙らせようとしていた大沢の思考が止まる。
「ほら、ただ急にみんなの前に出て緊張したんだよね?
あははは、大丈夫だって!」
それはいつも眼を背向けられたり、身を引かれただけで話を諦めてしまう大沢にかけられた声援。
明るくて、楽しそうで、全然怖くない。
大沢の眼球がグルグルと回転しながらその優しい声の主を探す。
「うわっ、目回しだしたぞ!?
気持ち悪っ!」
「気絶すんじゃねえの?」
そんな声がしてるのに螺旋を描くように大沢の眼は動き、やがて一人の女生徒と目があった。
「あははは、なにそれ一発芸?」
眼があったのに、ギョロリと確認したのに、女生徒はカラカラと笑うだけであった。
バカにしてる笑いじゃない。
病気な程ネガティブな大沢でもわかる。
いや大沢ならなおわかる。
大沢と女生徒の目が合う。
女生徒が大沢に向けていたのは、
興味を持ったものにおくる目だった。
大沢と違う点といえばギラギラと不気味に輝くのではなく、キラキラと綺麗に輝いていること。
どうして彼女はこんな眼をしたのだろうか。疑心暗鬼になる要素なんていつもの大沢なら幾らでも見つけられた。
でも今はそれでころではなかった。
そんな刹那を授業終了の鐘が切り裂く。
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