第1章

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言われなくても分かってるよ。 オレは執念深いんだよ。 もう少しで自分のモノになりそうだったのを、取り上げられた悔しさを、そう簡単に忘れられるワケがない。 抱いたミユキの温もりを そう簡単に忘れられるワケがない。 瑠衣が生まれて 瑠衣の父親のように、 ミユキの夫のように、 家族のように 過ごした幸せな時間を 無かったように忘れられるワケがないんだよ……! 「……っ……!」 ヤバイ。 綾野の前で……。 滲んだ涙を隠すように親指と人差し指で目頭を押さえた。 そんなオレを綾野は涙をポロポロ流しながら、見つめてくる。 「ごめんなさい……。私、無神経な事を言って。」 綾野の前で…… こんな弱い自分を見せて…… オレってかなりヘタレな男だ。 しばらく気まずい雰囲気が流れて、店員がドリンクを運んできた。 グッと気持ちを落ち着かせて ウーロンハイを喉に流し込む。 綾野もションボリしたまま、カクテルを飲んでいた。 「なんで綾野が泣くのか分からないけど、またクマさんになるからそれ以上泣くな」 場の空気を変えようと思って からかってみただけなのに 綾野はムキになって反撃してきた。 「そんな風にメイクネタで私を苛めないでくださいよ! 私はどうせメイクが決まってないと、 顔は平凡だし全く魅力ない女ですけど これでも店長のために 少しでも可愛く見られたくて、毎日努力してるんです!」 「…………」 綾野のひたむきなオレへの想いを聞いて なんだかグッときた。 なんだろう…… また綾野が可愛く見える。 「綾野の素っぴん、可愛いかったけど」 オレがボソッと言うと綾野は眉をピクリと動かして また反論してきた。 「またそうやって、思ってもない事言って、私をおちょくってますよね?!」 綾野が悔しそうに唇を噛みながら睨むから オレはつい笑ってしまう。 「だからさっき吉田の前で言ったのは本心じゃないよ。 綾野がいつも強気だからついあんな風に言ってしまったけど 場のノリと言うか、ご愛嬌みたいに捉えてよ」 「ご愛嬌とは言いませんよ、それ」 綾野は本格的に不機嫌になっている。 なんか 面倒くさい事になりそう。
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