第1章

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【舌がGで染まる日】 週に一回だけ学校に通い大学生気取りなアラサー女子大生、しかし最近では良い訳ができた。それが就職活動。 リクルートスーツに身を包み、暑い中企業を練り歩く日本の就職事情を馬鹿馬鹿しいと俯瞰しながらも、反面これで大学をサボる口実ができたと喜んでいるのだから救いようがない。 実はこんな私でも何社か最終面接までは辿り着いた。アベノミクスと物好きな人事に感謝だ。 もちろん並外れた能力を持っていたわけでも、ミスコンレベルの容姿を持っていたわけでもない。むしろ両者共に平均以下である。 就職活動を通して、低スペックな私が意識したことは一つだけだ。いかに自分を嘘で固めるか、それも意味もない虚言で砦を作った。 例えば、S社の面接ではこんな事を聞かれた。 「学生時代にヒヤッとした事ありますか?」 私の口は咄嗟に「ゴキブリを食べろと強要されたことです」と言ってしまった。 口を大きく見開く面接官。 「え?食べたんですか?」 》》 「はい、食べましたよ。でも自宅のゴキブリではなくて、羽が生えていないマダガスカル産ですね。」 よくもこう嘘が出てきたものだ。イナゴならともかくゴキブリだ。ゴキブリに生産地があるものならこちらが聞きたい。それにマダガスカルという地名も謎である。 「どんな味なんですか?」 意外にも乗ってきた面接官に、自然と口が動く。 「いやー、醤油で焦がした海老の味ですね」 それらしい感想だ。 芸人が虫の食レポで「セミは海老の味」と感想を漏らしていた記憶を、海馬が瞬時に捕らえたのだ。何ともくだらない情報が詰まった脳みそである。 「ほう。。。海老の味なんですね」 彼はうっすら笑みを浮かべ頷いた。 そして有難い事に虫トークを続けてくれた。 その日の面接では3つの話しかしていない。 自己紹介と志望動機と虫。 光沢のある黒ボディーと俊敏な足を持つGさんは、一般的に人間の敵と見なされ倦厭される存在だ。 そんな彼を食す話を数十分間も聞く面接官は、相当なマゾヒストかGを虐げる事に快感を覚えるサディストなのだろう。 後日、S社からメールがきた。 「厳選なる審査の結果、貴殿には是非とも次のステップにお進みいただきたくご連絡いたしました。」 まさかの面接突破。 あんなお粗末なトークでよく通ったものだと仰臥したが、勝手に話題に出されたゴキブリの方が余程衝撃を受けたに違いない。
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