第1章

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最初はショックのあまりに、そのまま死んでしまえばよかったのに、と何度後悔したことだろうか。 小学6年生になる自分の息子を自分の運転によってひき殺してしまい、おまけに自分自身がその事故が原因で四肢の不随となり、家族に一生面倒をみてもらうことになった。 私自身が看護や介護をする辛さを知っているだけに、このような事態になったことが耐えきれなかった。いっそ自殺してしまえば家族の負担を軽減できるのにと思ったところで、身体が動かないのだからどうしようもない。私は一生ひとりで動けない。 「ママ、お昼ご飯もってきたよ」 娘の声が聞こえると同時に、私の意識は辛い現実に引き戻される。 私は動かせない身体の筋肉を恨みながらも、精一杯笑みを浮かべられるよう顔に神経を集中させた。礼を言うべきところをなにも思わずに無言でやり過ごす。それが当たり前のようになったらもう終わりだ。私はそう心に刻み、体を動かせない束縛の中で、自分の中で決めた考えを精一杯守るしかなかった。 目の前に置かれたのは、いわゆる流動食である。 数年前は食べさせる側にいた自分がまさかこの歳で食べさせられる側にくるとは、思ってもいないことであった。 小学四年生になる娘の沙紀は私の近くに座り、スプーンで私の口まで運んでくれる。 今後も死ぬまで世話になることを考えると、娘の不憫さとひとまず自身の生活が確保されていることとで複雑な気持ちに満たされる。 「そういえば、今日はおばあちゃんからメールが来てたよ」 沙紀は食事をさせ続けながら不意に言う。 おばあちゃん? というと遠い田舎で暮らしている私の母親のことだろうか。しかし、うちの母親がメールを使えるようになったとは到底思えない。 沙紀にとってのもう一人の祖母、夫の母は数年前にすでに死んでいるし、一緒にこの家に住んでいた沙紀がそのことを知らずに平然と、メールが来たと言うはずもないだろう。 「読んであげるね」 訝しがるリアクションすらとれない私を見て、沙紀は言った。 左手でかつて私が使っていたケータイを操作しながらも、右手では私の食事をすくっている。   ――万里子さん、お久しぶり。そちらは元気にやっているかい。 私はこちらへ来ても上手くやっているよ。 いやあ、それにしても懐かしいねえ。 万里子さんが私にしてくれた介護もしっかり覚えているからね。 ごぶふっ。
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