最後の日

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「バカじゃないの?」 冷たい声で言いつつ、包みをテーブルの上に置いた。 「あー、ごめんごめん」 いつもと同じ軽い調子で、母さんが笑う。 そんな大したことじゃないけど、大好きな海苔たまふりかけを食べ損ねた私は、ちょっとばかり不機嫌だ。 「晩御飯で使っていいから」 母さんが包みを開きながら、海苔たまふりかけの小さなパックを摘まんだ。 「いい。明日入れておいて。ちゃんと解るところに」 母さん……彼女は酷いおっちょこちょいだ。 事の発端は本当に馬鹿げたこと。 ふりかけが弁当箱を包むナフキンと弁当箱の底に挟まれて入っていたのだ。 ふりかけの存在に気付いたのは、食べ終わって包み直そうとナフキンの端をつまみ上げたときだった。 内容物がなくなって、軽くなった弁当箱の下からカサカサと音を立てた黄色いパッケージを見つけたとき、冷たい白ご飯をかきこんださっきの自分が可哀想になった。 なんで底に入れるかなあ? 普通、蓋の上にゴムバンドで挟むでしょうよ。 多分、包むのを忘れないようにナフキンの上にふりかけを置いたはいいが、あれやこれやしながらうっかり弁当箱を上に置いてしまって、その存在を忘れたのだろう。 箸が入っていないことはよくある話で、私は密かに鞄のサイドポケットにいつも割り箸を忍ばせている。 「わーっ、箸がねぇ!!」というクラスメートのぼやきを聞くにつけ、割り箸を差し出していたのと、「滝橋」という名字も手伝って、男子生徒の間で私のニックネームは違和感無く「割り箸」になってしまった。 『今日はミートソースパスタだから』 いつぞやの朝渡された弁当についていたのがスプーンだったときは、本気で弁当箱を投げようかと思った。 割り箸のお陰で事なきを得たけれど、パスタ弁当を残さず食べたのは、味がよかったからではなく私の日頃の備えがあったからこそだ。 『ハヤシライスソースをかけて食べてね』と大袈裟なバッグを渡されたこともあった。 教室の中にハヤシライスの香りが漂うのが、女子にとっては恥ずかしいとは考えつかないのだろうか。 いざバッグを開けたらご飯とスプーンだけが入っていて、私は無言でご飯を片手に教室を出て学食に向かい、カレールーのみをおばちゃんに頼んだ。 そんな通常では思い付かないことをやらかすのが我が母なのだ。 そしてそれをいつだって「あー、ごめんごめん」で片付けてしまう能天気な人なのだ。
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