最後の日

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      「……バカじゃないの?」 こんな憎まれ口しか出てこない私は、ずいぶんと酷い娘かもしれない。 両手で顔を覆って号泣する私の背中を、聖美がポンポンと叩いた。 箸を指の間に挟んだままでいるのか、聖美の手が触れる度に固いものが背中をこづいた。 『絵梨へ 3年間、残さずお弁当を食べてくれてありがとう』 四つ折りにされた小さなメモ紙にはそれだけが書かれていた。 私がこの3年間で学食に行ったのは数えきれる程度。 学食に憧れて行った一回、カレールーのみを頼んだ一回、母さんが体調を崩してお弁当を作れなかった数回。 「学食で食べるね」と言いさえすれば、その日はお弁当を持たされなかっただろう。 けれど、学食を利用しなかったのは……母さんが作るお弁当が美味しかったから。 箸を忘れられても、あらぬところにふりかけが隠されていようとも、弁当にあるまじきメニューの時も、呆れはしても怒り狂ったりしなかったのは、やっぱり母さんのお弁当が好きだったから。 ダイエットしようと、男子生徒にお弁当をあげた日もあった。 付き合いで学食に行って一品平らげて、げふげふいいながら友達とつつきあった日もあった。 作ってくれるのは、私にとって当たり前のことだった。 だけど必ず空にしたのは、私なりの感謝の現れで。 バカじゃないの? 最後の最後で私が気付かなかったらどうする気だったの? 食べる前に見つけちゃってたら……食べられなかったよ、どうする気だったの? こんなずるいサプライズないよ メッセージを目にして初めて突き付けられた現実に、涙が止まらなかった。 当たり前が当たり前じゃなくなることがすごく寂しくて、また涙が溢れた。 ……もうこの先母さんにお弁当を作って貰う機会は無いかもしれないのだ…… いつもはそのまま蓋をする弁当箱をさっと洗い、ティッシュで水気を拭き取った。 授業中こっそり筆談するために持ち歩いていたメモ紙に、メッセージをしたためた。 私は母さんほどおバカじゃないからね、ちゃんと解るようにするんだから。 箱の中に入れようとして、思い止まった。 おっちょこちょいな母さんのことだ、おかずカップと勘違いされて捨てられたら敵わない。 弁当箱とゴムバンドの間にメモを馳せた。 可愛いげの無い娘から、母さんにありったけの感謝を込めて。 『母さんへ 3年間、お弁当を作ってくれてありがとう いつも美味しかったよ』
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