素直になれない女

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“可愛くねー女” “もう少し素直になれば?” “泣きもしねえのな、オカシイんじゃねえの?” 大学三年の時の彼氏に浴びせられた、辛辣な言葉たち。 浮気をされても、あたしはそれに気付かないフリをして、黙って見過ごした。 なんでも相手はバイトしていた家庭教師派遣元のスタッフの子だったとか。 働いてほしくない時に限って、なぜか勘は冴えてしまう。 気付いていることが知れると、彼はひたすら謝罪。 別れたくない。一時の気の迷い。 取って付けたような言い訳を右から左へ受け流し、あたしが返すのは生返事。 責めない。泣かない。よほど可愛げがなかったに違いない。 わかってほしかった。 傷付いていないわけ、なかった。 でも、藤次郎は違った。 “我慢ばっかしてると、お前がしんどいぞ” “もっとワガママ言っていいんだよ” “あんま、イイ女になりすぎるな” 気丈に振る舞おうとするあたしの肩の力を、どこからか、ポン、と抜いてくれる。 「お前なら、少々ワガママ言ったって許されるよ」 これは、ベッドの中で言ってくれた言葉。 藤次郎の胸に埋めたあたしの頭を撫でながら、小さな子どもをあやすように、優しく。 家族以外の男の人の前で泣いたのは、確かにそれが初めてだった。 「…っ…う!ゆう…由宇!!」 「へっ…?」 「なにボケっとしてんのよー…あんただよ、自己紹介して」 トリップしていたあたしを呼び戻した真里の言葉に、周りを見回す。 「あ…ごめんなさい。えっと…加賀由宇、二十六歳です」 合コンの真っ最中であることを忘れて、藤次郎と過ごした日々に思いを馳せる。 馬鹿なあたし。 「次、俺かな?麻宮東悟、二十九です」 “あさみやとうご”。 なんでそんなに被るかな、このタイミングで。 「何か付いてる?俺の顔」 目の前の彼は、少し眉を下げて笑っている。 「あさみや、って、どんな漢字ですか?」 「あ、字?生地の“麻”に、宮殿の“宮”で、“あさみや”。ちなみに“とうご”は…」 下手をしたら、“まみや”だった。 読み方を変えるだけで、名字が藤次郎と一緒になる。 顔も背格好も、多分財布の中身だって藤次郎とは全然違うけど、名前が似てるってだけでこんなにも反応してしまうあたしは、多分もう、重症。
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