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「おはようございます」
次々に聞こえる挨拶に視線を上げると、間宮次長が課にやって来たところだった。
「加賀さん。ちょっと…」
「はい」
別室に案内され、椅子に腰掛けるよう促される。
「この起案、俺は通すつもりはないよ」
「へっ?」
「出発が来週って…急すぎるだろ。海外出張の場合、最低でも二週間は余裕をみて提出しろって言って…」
「もちろんそれは承知していますけど、広島支社からの要請が一昨日来たばかりで、あたしも急いで起案文書を作ったわけで…」
「なら突き返して。あっちの担当は瀬戸だろ」
「今更却下する気ですか!?」
「当然だ」
淡々とした物言いに、あたしも少しだけ血の気が昇る。
「どうしてです!?不備はないはずっ…」
「瀬戸は、なんでお前を指名した?」
「それは、プログラミングの研修を兼ねているからで…」
「プログラマーは橋本だ。お前が行く必要はない」
「あたしが行っちゃ、駄目なんですか…?」
「勉強は大いに結構だ。だが、こんな下心見え見えの瀬戸の要望を通すわけにはいかん」
「下心って…」
「瀬戸はお前を狙ってるだろう」
「まさかっ…」
「間違いないよ」
駄目だ。仕事中なのに、藤次郎は上司なのに、なのに…
「心配なさらなくても、瀬戸くんと個人的に親しくなることはありません」
「そうじゃない。瀬戸の動機が不純だと言ってるんだ。お前がどうこうという問題じゃない」
「勝手に決めつけないでください」
「お前は鈍いんだよ!」
急に語気を荒げた藤次郎に、仕事モードが抜けたことを悟った。
それならこっちだってっ……
「あたしにその気がないんだから問題ない!」
「じゃあ、瀬戸が本気で迫ってきたらどうする?お前、逃げきれる自信あるのか?警戒心が足りねえんだよ!」
「なっ…なんで藤次郎にそこまで言われなきゃっ…」
「心配してんだろーが!」
「関係ないもん!あたしには今、いい感じの人が…」
あれ?
今、心配してる、って…
「誰だよ、いい感じのヤローって」
「…あたしのこと…心配してくれてるの?」
「あたりめーだろ、タコ。お前、無自覚で無防備なんだから」
呆れたように溜め息を吐く藤次郎に、閉じこめかけていた気持ちが再び込み上げる。
心配してもらえることが、こんなにも嬉しいなんて。
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