1人が本棚に入れています
本棚に追加
私は居場所を失った。
今まで私は古びた洋館(ようかん)の中に居た。そこは光一つ無い暗闇で、一歩踏み出す度に床板がギシギシと危(あや)うい音を立てる。
怖かった。いつ足元が抜けるか分からなくてとても怖かった。自分の形さえ分からない暗闇が怖かった。本当に出口に向かって進んでいるのか分からなくて怖かった。
そんな暗闇を、とうとう私は踏み抜いた。
突然のことで吃驚(びっくり)した。あれでも私の居場所だったから、それを失ったことが悲しかった。
落ちた先は、孤独と絶望の水だった。息が出来なくて苦しかった。寒さで全身の血管がキュッと縮み、手のひらや足の裏が、痒(かゆ)いような、痛いような何とも形容し難(がた)い感じになった。
もがいても、もがいても、抜け出せやしない。助けは来ない。救いは無い。
「助けて」
声にならない言葉は闇に溶けて消えた。
それから、気付いたら私はここに居た。寒風が私にぶつかって通り過ぎて行った。全ては一夜の夢であったかのように消えて無くなって、ただ手足の掻痒(そうよう)と痛みだけが、あれを証言するのみとなった。
自分の手のひらを開いて見る。そこには、もう何も無い。私は全て失ったのだ。もっと上手に歩けたのなら、今もあの場所に居られたのかな。もう、戻れないのかな。
「戻りたいよ……」
震えた声が溢(あふ)れ出た。それに連れられ涙も流れてきた。私は何も無い手のひらで顔を覆った。
最初のコメントを投稿しよう!