3人が本棚に入れています
本棚に追加
「沙織?」
それは聞き慣れた、しかし今はとても懐かしく感じる声だった。
「お母さん?」
顔を上げると、お母さんがとても心配そうに私を見下ろしていた。
「どうしたの、電気もつけないで・・・」
「お母さん・・・お父さんは?」
お母さんはそっと私の正面に座ると、私の髪をかきあげながら、微笑んだ。
「うん・・・容態は安定してた」
床についた腕から力が抜け、崩れそうになる。
明美のお父さんは最後まで死にはしなかった。しかし、意識も取り戻さなかった。私のお父さんは、いつまでこの状態でいるんだろう・・・。
そう思ったとき、背中にドッと鈍い衝撃が走った。
――あ・・・れ・・・?
「だからね、眠らせてきちゃった」
お母さんの目は濁っている。これは・・・何?
「・・・おかあ・・・さん・・・?」
次第に呼吸のしづらさを感じて、かろうじて支えていた身体にも力が入らなくなる。痛みはなかった。私の足元に、赤黒い染みができていた。
「ごめんね、お母さん、お父さんのそばにいるうちに、疲れちゃった・・・」
背中から何かが抜けるのを感じたと同時に、一気に床に崩れ落ちた。もう立てない・・・。
「ごめんね」
私の脇腹に、また衝撃が走った。今度は、ちゃんと痛みを感じた。
「う・・・」
髪の隙間から見たお母さんは、銀色の切っ先を自らの喉に向けている。カーテンを抜けて微かに伸びる月影。お母さんの頬に、一瞬、何かが光った。次第に視界が霞んで、見えなくなる――。
「向こうで、ずっと一緒にいよう」
お母さんの声とは思えぬ低い声が、耳に届いた。
いや、お母さんの声ではないんだ・・・。
きっと、私の頬にもそれは光っていたと思う。けれども、悲しくない。私、幸せだよ。
だって向こうには、みんないるんだもの。
最初のコメントを投稿しよう!