小説

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「沙織?」 それは聞き慣れた、しかし今はとても懐かしく感じる声だった。 「お母さん?」 顔を上げると、お母さんがとても心配そうに私を見下ろしていた。 「どうしたの、電気もつけないで・・・」 「お母さん・・・お父さんは?」 お母さんはそっと私の正面に座ると、私の髪をかきあげながら、微笑んだ。 「うん・・・容態は安定してた」 床についた腕から力が抜け、崩れそうになる。 明美のお父さんは最後まで死にはしなかった。しかし、意識も取り戻さなかった。私のお父さんは、いつまでこの状態でいるんだろう・・・。 そう思ったとき、背中にドッと鈍い衝撃が走った。 ――あ・・・れ・・・? 「だからね、眠らせてきちゃった」 お母さんの目は濁っている。これは・・・何? 「・・・おかあ・・・さん・・・?」 次第に呼吸のしづらさを感じて、かろうじて支えていた身体にも力が入らなくなる。痛みはなかった。私の足元に、赤黒い染みができていた。 「ごめんね、お母さん、お父さんのそばにいるうちに、疲れちゃった・・・」 背中から何かが抜けるのを感じたと同時に、一気に床に崩れ落ちた。もう立てない・・・。 「ごめんね」 私の脇腹に、また衝撃が走った。今度は、ちゃんと痛みを感じた。 「う・・・」 髪の隙間から見たお母さんは、銀色の切っ先を自らの喉に向けている。カーテンを抜けて微かに伸びる月影。お母さんの頬に、一瞬、何かが光った。次第に視界が霞んで、見えなくなる――。 「向こうで、ずっと一緒にいよう」 お母さんの声とは思えぬ低い声が、耳に届いた。 いや、お母さんの声ではないんだ・・・。 きっと、私の頬にもそれは光っていたと思う。けれども、悲しくない。私、幸せだよ。 だって向こうには、みんないるんだもの。
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