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「そんな、人をラッキーアイテムみたいに言わないでよ。要するに、私は人間世界での珍品で闇オークションにかけられた…そこまでは分かった。で、これからどうするの?」
涙をぬぐいながら訊ねると狐侍は困ったように唸り、たっぷり間を空けてから私を膝から降ろした。
『あとは己の仕事を全うする』
「仕事…」
『そうだ』
「ね、ねえ。その、仕事ってなにか訊いてもいい?」
『俺は、とある人物より依頼を受け、お主を捜していた』
「わ、私? なんで!?」
『知らぬ。俺は捜し出して護るように言われただけだ』
「し、知らないってそんな無責任な。私、どうすればいいのよ…」
『ならば……共に来るか?』
捨てられた仔犬に『うちの子になるか?』と問いかけるような構図はできればすぐに止めて欲しいが、行き先のない私は頷くしか術がなかった。
「あ、でも私…まだ貴方の名前知らな…」
『トウジ。お前は?』
被せて応えた彼、トウジに咲姫は緩慢に瞬きをする。
「咲姫…」
『……今日から面倒をみてやる。しっかり着いてこい』
「えー…」
この狐と同じ暮らしをするのかと思うと、心なしか気分が下がった。ということは山に住むのだろうか?
『む。耳が垂れている、不満か』
は?垂れる筈がないではないか。
だって、人間の耳は垂れるほどの長さは有していないのだから。耳が垂れるわけ、と息巻きながら耳がある場所に触れた瞬間、思わず青褪める。
ないのだ、(人間の)耳が!
その代わりとは言ってはなんだが、頭で動くものがある。
『愛らしい耳だな』
「み、耳ーーーーーー!?」
尖った両耳を押さえて叫んだ瞬間、しっかり神経が通っているのか、強く掴むとジン…と痺れるような激痛が走った。
「うそ、めっちゃ痛い……」
『耳だけではない。尻尾も、ある』
指で示されて振り向けば、モコモコ素材の部屋着のお尻部分から赤毛の尻尾が生えている。
いままで正真正銘の人間だったのに、自然体のまま妖怪化してしまうなんて思いもしなかった。
「うそ、やだっ、ほんとに動いてる!?」
ふよふよ揺れる尻尾の動きに慣れないせいで、真っ直ぐ歩けない。
うまく歩けない子狐のように、地面を這って歩いていると勢いよく腕を牽かれた。
『少しすれば慣れる。それまで引っ張ってやるから、しっかり歩け』
憮然とした標準装備の顏を心底楽しそうに弛ませて手を牽くトウジを、転びそうになりながら追いかける。
斯くしてーーーこの日から、トウジと咲姫の2人暮らしが始まった。
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