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眞魔界、第一層。
この世界の主柱である王が住まう神殿・白緑宮の一室には綿雪のような乳白色の湯気が遊んでいた。
「トウジ。そこに居るかえ…」
『……なんだ』
乳白色の湯気を隔てた先から転び出た静かな女の声に、抑揚の少ない男の低音が応える。
迷惑だと言わんばかりの気配を漂わせる声音を捉えた女は喉の底で短く笑いながら闇に手をこ招いた。
「くくく、まあ怒るな。近う寄れ」
とぷんと、仄青い闇に染まる浴槽に静かな水音が響く房の冷えた空気に、幽かな湯気が緒を引いて流れていく。
純白のタイルに寄せた一波にゆうらりと青い花弁が揺れ、ゆるやかに波形を描く浴槽の水面には泡のように青薔薇が満ちていた。
『用件は』
小暗い闇から音もなく現れた羽毛のような金髪をした青年・トウジは、目蓋を閉じて薬湯に身を委ねる主の意図を量りかねて眉間にシワを寄せる。
「そうさな、時も満ちたことだし……お前に任を言い渡す」
眞魔界王・世癒は禊のために着衣のまま身を委ねていた薬水から上体を逸らして立ち上がると、唄うように呟いた。
「この国のどこかに入った我が片割れを捜しておくれ。そして…見つけ次第、妾のところに連れて来るのだよ」
射し込む月光に水を帯びて滑らかな肩の輪郭が露わになる。
濡れた髪を掻きあげながら侍女から受け取った長衣を羽織った世癒は、小さく息を吐いた。
「ようやく……ようやくだ。ついに、あの子に会える日がきた」
見つめる先には海月のように宙を漂う薄紅色。
片割れの彼女に託すべきプラントである。
半透明の被膜の中には、胎児のように安らかな表情で眠る女妖がいた。
かつて、同じ一枝に2つの果が宿った。
ひとつは世界を護り癒す役目、もうひとつは王の剣の役目を担う。
しかし、双璧を担うはずだった片割れは世癒が孵った時には行方知れずとなっていて、折れた枝だけが残されていた。
長年手を尽くし捜し倦ねた結果、辛うじて彼岸の岸に漂着していた卵のみを発見、保護することができた。
……しかし本体は杳として行方知れずのまま、20年が経ち今に至る。
(クソ主が。また面倒事を…っ)
夢見る子供のような主の呟きに渋面したトウジは、やがて溜息を一つ吐いて白緑宮をあとにした。
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