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『立て』
大きな手に手首を掴まれて、驚く暇すらなく前のめりにバランスを崩してしまう。
「あっ、あの…!?」
擦りむいた頬を擦りながら顔をあげると、朱金色の双眸と目が合った。
『どうした…惑うな。早く立て。行くぞ』
澄んだ色の美しさに呆気にとられていると、更に手を牽かれた。
「え、なに……なんなの?!」
紅と黒が基調の洋装で、胸当てのような鎧を着た巨大な狐が聳えるように佇んでいる傍らに引き寄せられ、肩が震える。
『来い』
「あ…」
目が合った瞬間、胸の中に蒼白い火花が散ったような気がして私は慌てて頷くしかできなかった。
「ど、どこに行くの?」
『この空間を破る。これは人間を誘い込むために違法に作られた空間ゆえ、壊しに』
「そうはさせるか、この盗人狐が!」
『違法は貴様らだろう、俺に非はない』
スーツを着たウサギが金切り声をあげる傍ら、盗人よわばりされた狐はさも気に留めた様子もなく、司会ウサギを景気よく殴り倒した。
殴られたウサギは当然カウンターに突き当たり、もうもうと煙をあげてピクリともしない。
「ちくしょうぅ…女助けたからって調子乗ってんじゃねえぞ狐野郎っ、てめえら、やっちまえ!」
それを皮切りに、破落戸達は更にいきり立ち、黒山を成して襲いかかった。
ある者は素手のまま、また別の者は刃を振り上げる。
…だが。
「ぎゃっ!」
「ぐおっ、いてぇえ!」
「ひいいいい!」
片手だけで動物擬き達の攻撃を防ぎながら突き進む彼の方が、幾分も上手であった。
集団を蹴散らし、ばたばた斬り刻む間も牽かれたままの手は堅く強く離されることは決してない。
「ふぎゃっ」
爪牙を剥いて襲い来る動物擬きたちだが、まるで歯が立たずに次々と殴られて山積みに沈んでゆく。
彼の強さに、私は目を瞠り…同時に頼もしく思った。
『むん!』
ウサギ達を山積みに片付けた傍らの空間に、狐侍は流麗な所作で腰に差していた抜き身の刀身を居合に振り抜く。
…ゴゴゴゴゴゴ。
空間に半月の切れ目が走ると、内側から盛り上がるように空間が揺れ始めた。
『ここから飛ぶ。しっかり掴まっていろ…』
「う、うん…」
狐が大きく跳躍すると少し遅れて爆風と火花が凄まじい勢いで弾ける。
きな臭い煙幕を避けて天高く跳躍する狐の腕の中で、私は彼の真剣な横顔を眺めていた。
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