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『怪我はないか』
「大丈夫…だと」
『そうか』
洋装の狐侍は音もなく着地すると、抱えていた私をまるで壊れ物を扱うようにゆっくりと降ろした。
煤汚れた頬を丁寧に拭う手つきは優しい。
鼻先の尖った生き物特有の顔立ちゆえに微笑んでいるように見えるが、生憎と獣の表情変化を見分ける私の目が乏しいので、私は曖昧に笑った。
──というより、笑うしか返せる反応がなかったのだ。
おそらく、この狐は優しいのだろう。
オークションの競りを未然に阻止してくれたのだから、少しは信用できるかもしれない。
鋭利な爪で傷つけまいと慮れる彼だ、たとえ見掛けによらずの悪い妖怪でもむしろ逆に興味が湧いた。
私は頭を撫で続けている彼の毛むくじゃらで大きな手を握った。
『すまぬ。嫌か?』
謝る彼は済まなそうに耳を垂らす。
どうやら、撫で回されるのが嫌で掴んだと思われたらしい。
「別に、嫌だから掴んだんじゃないの。その……心細くて」
彼は黙って聞いている。もちろん、初めは彼のことも他の動物擬きと同じように怖かった。
でもオークションから救い出してくれた彼なら、付いていっても問題ないと今なら判断できる。
「怖かったの。だから…少しだけ、このままでいてもいい?」
『俺が恐ろしくないのか』
キラキラと底光りする朱金色の双眸と搗ち合うと、顔が熱をもってまた心臓の鼓動が早鐘を打つ。
相手は妖怪、しかも狐なのに不覚にもカッコいいと思ってしまった。
「貴方は、大丈夫な気がする…」
『……みる目はあるようだな。構わぬ、落ち着くまで好きにしろ』
そう告げて、また撫でられる。
猫を撫でるような手つきであやされ、猫でもないのに不思議と喉が鳴った。
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