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まだ三十半ばだというのに、年々どんどん心は渇いていく。いったいこれからどうなるのだろうか。考えると恐ろしい。
――…そんな渇きが少しだけマシになる場所がある。ロクデナシタイガー。そこは高級クラブなんかじゃない。ただの深夜営業の喫茶店。
今日は久しぶりに早く仕事を終えることが出来た。会社の前からタクシーに乗って、新宿歌舞伎町のフジビルに直行した。ビルの薄暗い階段を降りて茶色のドアノブを触ると、フワッとここの会員たちの気配が蘇った。
“サイコメトリー”
いつからか使えた能力。でもうっすらと感情が読み取れるくらいで、ハッキリとは何もわからない。特に役立たない能力。
ドアを開けてすぐのカウンター席に座っていたのはいつも着流し姿の浮世離れした男。顔を上げて笑って手を振ってきた。
「あ、獅子王さーん」
「さみしかったんだから~」と蛇沼さんがシナを作っておどける。完全会員制喫茶店、ロクデナシタイガーのオーナー。
「いらっしゃーい」
カウンターの中からそう言ったのはここの看板娘のとかげ。黒髪のボブカット。三白眼の大きな眼。耳にはたくさんのピアス。いつも変わった服を着ていて、今日はセーラー服だった。ハスキーな声でとかげが言った。
「最近忙しかったの? お疲れ様」
とかげが俺の上着をハンガーにかけた。ここまではいつもと同じ。しかしいつもと違うことが1点。
カウンターの端に見知らぬ金髪の若い男の子がいた。そいつは少し緊張した面持ちで立っていた。蛇沼さんがカウンターで肘をついて言った。
「彼は宇佐美くん。借金のカタで今日からウェイター」
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