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少年は小さな家の前で立ち止まると、深呼吸をした。こわばった顔でドアを叩く。中から若い女性の声が聞こえ、僅かにドアは開いた。
少年の姿が隙間から見えたのか、勢いよく開いて、少年はひっくり返りそうになる。その肩を支えて、女性へ会釈をした。
「タム。どこいってたの。ほんと、うちの子がすいません」
「いや・・・・・・」
「ごめんなさい。あ、お兄ちゃんがパパ連れて帰ってくれるって」
少年が早口で話した言葉に女性は目を白黒させた。土下座する勢いで頭を下げるのを、俺はなんとかやめさせた。
食事を振る舞う、との女性の申し出だけは断りきれず、押しきられる形で部屋に入った。料理をする間、少年と向かい合い、詳しく話を聞く。
「で、アナニアという町へいけばいいのか」
「うん。アナニア。パパはそこに行くって言ってた。徒歩で二・三時間で着くからその日のうちに帰れるはず・・・・・・て言ってね」
「行ってはみるが、期待はするな。下手したら・・・・・・申し訳ないことになるかもしれん」
(まさか"あれ"じゃないだろうな)
頭によぎる思いが燻りながらも、少年に確認した。少年はうつむき、唇を噛み締める。
その時、目の前にスープがおかれた。伏し目がちに女性が呟く。
「あの人は帰ります。絶対」
言いきった言葉は弱々しく空に消えていった。少年も目を固く瞑りうなずく。
俺はやりにくさを感じながら、スープ皿を持つ。僅かに野菜が浮いたスープを口に含む。喉を通り越し、温もりと共に苦い思いを体いっぱいに広げていった。
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