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「あの……そろそろ帰りませんか、睡蓮さま」
小雨が降り続く窓の外をぼんやりと見ていた私に、侍女が声をかけてきた。
「帰るって、どこへ……」
「どこへって、王宮に決まってるじゃないですか」
「嫌よ。
私はもうあそこには戻りたくないの。それに本来はここが私の居るべき場所なのよ。
ずっとここで育ったんだから。
そりゃもうここにはお母様も誰もいないけど。
私、本当は神殿のあるこの場所で祈りを捧げて過ごしていた方がよかったのに。
なのにあの人が城へ来てほしいって言うから……。
だけどね、やっぱり私の居場所はあそこじゃないのよ」
「でも睡蓮さま、
皇太子殿下がご心配になられますよ」
心配なんて、
「するわけないでしょ。
あの人は婚儀の打ち合わせで忙しいのだから。……ね、お願い。
もうしばらくここで……ひとりでいたいの」
「わかりました。では昼食の頃にまた伺いますからね」
侍女が出て行き、再び一人になった部屋で、私は止まない雨を見ていた。
もう何日経つだろう。
そろそろお終いにしなくては。
この雨……
わかってはいるのに。
どうしたって笑顔で唄う気にならない。
一族にだけ受け継がれた、雨を操ることのできる唄と舞で、
この地上を、この国を、
護ることが私の仕事のはずなのに。
龍神の巫女姫としての使命なのに。
なのにどうして……
「どうしてあんな人、好きになっちゃったんだろ……」
龍神の巫女姫が舞うと雨が降り、
龍神の巫女姫が唄い笑うと空が晴れる。
では龍神の巫女姫が泣くと……?
雨は止まずに降り続け
天の龍がお怒りになる。
だから泣いてはならないのだと、小さい頃から教えられた。
私……そんなに泣いてないのに。
ほんの少しだけ、涙を流しただけなのに。
雨はちっとも止む気配はない。
心が泣いてたら、雨も止まないのよ……
と、昔お母様に言われたことがあったけど。
だったらこの雨は、
私の涙なのか……。
好きになってはいけない人を好きになってしまって。
決して叶うことのないこの恋を、未だに諦められないでいる私だから。
私が好きなあの人は
どんなに手を伸ばしても届かない人。
この国の皇太子。
どうやら新しく妃を迎えるらしいという噂を、
私は聞いてしまった。
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