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私がここへ来たのは
王宮にいたくなかったから。
あの人の妃になる女性ために、
いろんな準備が始まっているから。
政略結婚はもう懲り懲りだと言っていたくせに。
最初の妃には内通している情夫がいたことが判明し離縁。
次の妃からは暗殺されそうになり止むを得ず処刑に。
そして今回は三度目。
懲りたとは言ってても、
彼はいずれ、この国を継ぐ身の上。
大国から姫を娶るのは当たり前で、仕方のないことなのだ。
……それでも、
わかってはいても やりきれない。
あの人の傍で生きることができるだけでいいなんて、
純粋に想っていた昔に戻れたらいいのに。
でも所詮、私はただの巫女。
舞うことで、微笑むことで、
健やかに生きることで
この国に豊穣の雨を
龍神の加護を与えることができると、
そう信じられている娘。
だからいつも笑っていないと
泣いたりしていたら罰が下るから。
巫女は希望を与える存在。
与えるだけの……
じゃあ私には?
私には誰が希望を
幸せを与えてくれる?
じんわりと、また涙が溢れそうになり私は慌てた。
泣いてはいけない。
泣くのはもう終わりにしないと
そう判っていても、
まだ少し時間がかかりそうだった。
今はまだ
雨を止ませることはできないけど。
でも今日一日、泣き尽くしてしまえば、
あの人の幸せを祈ることができるかな……。
あの人のためだけに……
新しく妃となる人が
今度こそ、
素晴らしい女性でありますようにと。
それまで、雨は見たくない。
わたしは部屋の中の窓に掛けられた布を全て下ろし、室内を暗く閉ざした。
……?
なんだろう、
部屋の外が騒がしい。
私はいつの間にか泣き疲れて眠ってしまったようだった。
……なにやら、
部屋へ近付いてくる足音に、
私の心は騒(ざわ)ついた。
「睡蓮はここか!」
バタンッ、と乱暴に部屋の扉が開けられて私は息を飲んだ。
暗がりの部屋に現れたのは……
「…で、殿下…っ!?」
忘れることの出来ない私の想い人が、そこに立っていた。
「お前……なんで俺に黙って出て行ったりしたんだ!
なんで……
……どんなに心配したと思ってんだ!」
彼は私の前にズカズカと詰め寄り、恐い顔で言った。
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