靄。

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「生きていてぇから生きてんだ。死にたくなったら死んでやるさ」 その男は胸を張るようにして、そう答えた。 浮上した電車に飛び乗ってきたかと思うと他の空いている席に目もくれずに僕の目の前に座った男は、どう考えてもまっとうな人間には見えなかった。 衣服は薄汚く黄ばみ、肌にはシミが浮かび、ぼうぼうと伸ばした髭には、食べ滓のような汚ならしい欠片が幾つも付着している。 だからこそ、僕は訊いてみたのだ。 「どうして貴方は生きているのか」と。 すると彼は先程のように答えた後、こう続けた。 「どいつもこいつもよ、若い奴は理由を欲しがるもんだ。どうして、だとか、なぜだとかな。そんなもんにゃ何の意味もねえってことを、俺らは知ってるってのによ」
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