第1章

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 帰りは、下りのせいか、そう時間はかからない。一時には、駅に到着できた。限定品のケーキを購入すると、家路へと急いだ。  次の日、いつもの場所に行くと、軽トラックはもう来ていたが、高岡が居なかった。 「あら、高岡君、自分だけ先に行ったのですね」  高岡、軽トラックの運転手に連絡し、出発を早めて貰ったのだそうだ。自分が早く、山の上に行きたいという、下心が見えていた。 「あいつ……」  明日は、何時に来るのかと聞くと、八時には来ているという。それならば、俺も早く来てもいいかもしれない。朝ならば、暑さもまだ和らぐ。 「八時前は無理ですね」  どこか会社員のような口調だった。他にも色々聞きたかったが、時間は制限されている。明日、早めに来て聞いてみるかと、その日は質問せずに出発した。  山に入ると、夏草が湿気を孕んでいるようだった。まだ山登りに慣れない体は、汗を常に落としていた。都会では、暑さはあるが逃げる場所が、どこにでもあった。ここには、暑さを避ける術がなかった。  滴る汗もそのままに、ひたすら山を登る。そして、いつものように地蔵に飴を供えた。  山には夏でも花が咲いていた。小さな花を、地蔵に供えてみた。  少し休むと体力が回復した。ここから、急な斜面となる山道を登る。  やや昨日よりも早めに到着していた。隣を覗くと、高岡の姿は無かった。部屋の中に居るのかもしれない、縁側に登山用の靴が脱ぎ捨てられていた。 「お疲れ」  今日は、水とトマト、そしてきゅうりも置いてあった。でも、その前に風呂を借り、汗を流した。すると、いつの間にか、浴衣も用意されていた。 「山登りに、余裕、出てきたみたいですね」 「いえ、まだまだ来るのがやっとです」  トマトが美味しかった。胃に染み入ってくる。 「名前、教えてください。何と、呼んだらいい?」  横で、うちわで扇っていてくれた。風がとても気持ちいい。 「倉田 優哉(くらた ゆうや)です」  薬剤師を目指し、東京で大学生をやっていると説明する。父の実家が、古いお寺の参道にある漢方薬局で、父は跡取りなのに家を飛び出していた。祖父母の落胆がひどく、幼い頃約束したのだ。俺が、薬局を継いでやるから、がかっかりするな、と。 「倉田君の、優しい性格が分かるようだよ…」 「優哉でいいですよ、年も近そうだし」  優しいわけではないが、どうも、いつも貧乏くじを引きやすい。
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