第1章

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 再び歩き出すと、今度は虫は来なかった。山の上には、虫も少ないのかもしれない。  やっと到着したと、腕時計を見ると、十一時半を過ぎたところだった。  慌てて家の奥から来た諒一が、俺の荷物を降ろすと、全身を触って確認していた。 「どこにも怪我はないね…遅かったから、心配してしまった」 「すいませんでした」  高岡は、早く到着し、また、アヤと部屋に籠っていると、走ってきた子供が行った。その子供は、信行といい、アヤの弟であった。 「アヤちゃんの勝ちだよね。だって、アヤちゃん、毎日、頑張っているからね」 「はいはい、俺は頑張っていませんね。信行、帰ってね」  諒一の触れた場所だけ、冷たくなっていた。 「水、飲むか?」  でもその前に汗を流すと言うと、諒一は風呂に案内してくれた。風呂の間に、誰かが俺が脱いだ服を洗ってくれている。外に干された服が見えていた。諒一は、浴衣を用意しながら、風呂場で背中を流してくれた。 「来ないかと思った…」  諒一は、俺の全身を見つめていた。俺は、前だけは隠し立ち上がる。 「君は、すごく温かい…」  タオルを渡されると、すごく照れてしまった。 「人は、海から生まれたのに、どうして、こんなにも温かくて、陽だまりのようなのだろう…」  浴衣に腕を通していると、諒一に後ろから抱えられ、家の奥の間に投げられていた。そのまま諒一は、俺に覆いかぶさってきた。日の射しこまない間で、諒一の顔が間近にあった。そして、ゆっくりと唇が合されていた。  俺は、何が起こっているのか、さっぱり理解できなかったが、けれど、何故かとても怖かった。歯ががくがくと震えてしまっていた。 「すまん、怖がらせた。少し、触れてみたかっただけだ…だから、泣くな…」  泣くなと言われて目をこすると、確かに泣いていた。 「頼む、明日も変わらずに来て欲しい」  諒一は、襖の外に俺を置いて出て行った。  俺は急いで、持ってきていた着替えを出すと、そのまま走るように山を下りた。  諒一が嫌いというわけではないが、男にキスされたのは生まれて初めてだった。女性とは経験があるが、それに今も彼女が居るが、こんなに怖いとは知らなかった。  駅に走ってゆくと、志摩から連絡が届いていた。今、志摩は実家に戻っているという。駅で一駅なので、会ってもいいと返信すると、踊るような謎の画僧が戻ってきていた。
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