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急な斜面のせいか、僅かに見えた後ろは、はるか先を示していた。もうダメか。急な斜面を、木と一緒に、転がり落ちる。目を閉じかけた瞬間、諒一の手が俺の腹を掴んで抱えた。そのまま、木から抱上げると、岩の上に乗せてくれた。木は、斜面を滑り落ち、遥か下で止まった。
この斜面の道に、木など生えていなかった。上から落ちてきたのだろうか、どこか、高岡の作為を感じた。
「ありがとうございます」
どこでどうやったら、俺を抱え上げられたのか分からないが、とにかく助かった。しかし、諒一の腕には木が刺さり、胸にも激しい血が散っていた。
「怪我!ですね!」
俺を助けたせいだろう。止血しようとすると、諒一は首を振った。
「とにかく、荷物を午前中に運んでくれ」
諒一は、自分の手で怪我を押さえながら、急な斜面を登っていた。
「俺は、まだ君に会いたい。だから、早く。約束の時間までに、荷物を頼む」
日が高かった、焦りながら登ると、また、転び時間がかかる。本当にぎりぎりで到着すると、もう立ち上がる気力も無くなっていた。
「間に合った」
三分前だった。
隣の垣根から、高岡が覗き込んでいた。高岡がチッと舌打ちすると、顔を背ける。その後ろに、真っ白な顔をしたアヤも立っていた。高岡と同じ表情で、悔しそうに顔を歪めていた。
「高岡…」
ここまで露骨な表情をするなど、大学では無かった。感情を隠し、表面を取り繕って笑う日々だった。
「勝てると思うなよ!」
勝つとは何なのか?俺には、意味が分からなかった。
「アヤ!今度、優哉に危害を加えたら、次はそのまま返すからな」
諒一はアヤに向かって、怒鳴っていた。怒鳴り声に怖がった子供たちが、垣根から入って来られずに、しくしく泣いていた。
俺は、子供の前まで歩いてゆくと、ポケットの飴を差し出した。斜面でドロにまみれてしまったが、包み紙を取ると、日に当たり光るような飴が見えた。
琥珀のような、はちみつの飴だった。
「ケンカしてもね、仲直りすればいいことだよ。心配しないでね」
子供たちは、飴を口の中に入れながら、頷いていた。
「ごめんなさい、だね」
「そうだね」
大怪我、もしくは死亡するまで嫌がらせをされる覚えはない。やはり、高岡はここに来てから変わってしまったのだ。アヤに惚れたのかもしれないが、それだけでもない気がした。
「優哉、怪我している…」
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