第1章

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 海神(かいじん) 第一章 海に近きは遠き山  夏休みを前にして、高校時代のクラスメートから連絡があった。大学進学とともに故郷を離れて、アパート暮らしをして三年が経過する。  クラスメートも、最初は連絡もしたが、同じ大学に進学しつつも会う機会はなく、いつの間にか疎遠になっていた。その友人が、頼みたいことがあるから会って欲しいという。  会って話してみると、夏休みは実家に帰らないのか?という質問から始まり、いいバイトを見つけたのだが、二人一組での条件で、一緒にやる筈だった友人が急遽辞退してしまって困っているという。友人が辞退した理由は、スポーツ中に足の肉離れを起こし、動けないからで、まだ復帰の見通しがたたない。 「お願いします」  バイト先が、俺の実家から通える範囲だったのだ。それで、俺に頼んだのだそうだ。 「高岡、俺は変なバイトはしないよ」 「普通だよ」  海に近い別荘に、毎日、食材を運んで欲しいというものだった。 「しかも、半日でかなりの額をくれる」  提示されたのは、かなりの高額だった。普通のバイトの時給でゆくと、二日分を半日でくれるという。七月から始まり、盆までの一か月の指定だが、確かに相当稼げる。  旅行代金の安くなる八月の後半から、海外に行き、語学旅行をしようと計画していたので、収入はありがたい。 「分かった」  高岡は、先方がかなり困っているから、高額なのだと念を押していた。  実家ならば、食費も浮く。俺は、軽い気持ちで引き受けてしまった。 「また、また、倉田さん、人がいいから…」  大学の廊下で偶然会った、同じサークルの後輩、志摩が呆れていた。 「でも、俺も実家に帰りますから。向こうで会いましょう」  志摩の実家と、俺の実家はそう遠くないことが判明した。離れているのは、駅にすると三駅なのだが、昔はそれだけで遠く感じたが、今はそもそも実家が遠いので、同郷という感じがする。 「志摩は、実家の手伝いか?」  志摩の実家は、海の近くで、船を所有する民宿であった。普段は釣り客相手なのだが、夏に入ると海水浴客が宿泊する。 「はい、俺は金を貯めて、水上バイクを買おうかと思っていまして」  志摩は水産高校の出身だが、何故か向いていなかったと、大学に進学していた。その学部は、俺と同じで薬学部で、そこで何故、又水上バイクなのかは不明だった。
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