第1章

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 高校三年の夏、夏期講習から帰ると、釣りに行った弟の友人が走って家にやってきた。現場で、何度も俺の家に電話を掛けたのだけれども、誰も出ないので、自転車で走って来たという。『海で波に攫われました』台風が沖縄にあったかと思う、それでも、その日は穏やかだった。突然来た高波で、釣りをしていた、全員が海に落ちた。皆自力で岸に辿り着いて、服を脱いで、絞っていた。釣竿がとか、色々文句を言いながら、それでも笑っていた時、一人足りない事に気が付いたのだそうだ。それからパニックになり、地元の漁師も協力し、探してくれたが、見つからない。  両親は仕事に行っていた、急いで職場に連絡すると、母が泣きながら車に乗ってきた。父も暫くして帰ってきた。  祖父も祖母も、やってきたが、その日の夜になっても弟は帰って来なかった。  俺は、親の制止もきかずに、夜の海を一晩中見ていた。何度も、弟の名前を叫んでみた。  こんな暗い中で、寂しくないのか?一人にさせておきたくなかった。俺はいい兄貴ではなかったが、それでも、一緒にキャンプに行き、ケンカをして、一緒に笑った。  弟は、仲間思いで、友達が多くて。笑い上戸で、明るかった。  バスで目覚めると、頬が涙で濡れていた。誰にも気付かれないように、休憩時にトイレで顔を洗った。  もうすぐ夜が明ける。夜が明けたら、故郷に辿り着く。再び眠ろうとしたが、夢が怖くて眠れなかった。  早朝の駅に到着すると、家に向かうバスは一時間以上無く、歩きはじめると母の軽自動車が見えた。 「ごめんなさい。優哉!」  窓が開き、母の大声が静かな駅まで聞こえてきた。恥ずかしくなり、周囲を見たが、人はまばらにしか居なかった。 「迎えに来ようと急いでいたのだけれども、結菜と水奈が当番を忘れていたって…」  クラブ活動の朝の当番を忘れていたと、急に弁当が早めになったのだそうだ。懐かしい大声と、故郷は、変わらずに今もあった。 「いつまで居られるの?」  両親は、昔から共に働いている。 「盆過ぎあたりまで、こっちでバイトをしようと思っています」 「そう。部屋、掃除しておいたから」  窓の外は、余り変わっていなかった。三年しか経過していないので、そうそう変わるものでもない。よく行ったコンビニは、今は塾に変わっていたが、新しいコンビニが近くに出来ていた。 「バイトは何をするの?」
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