第1章

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 民家はあるが、どこも人の気配はない。でも、住んではいるようで、洗濯物が揺れていた。  騙されたのだろうか、路上に座ろうとすると、一台の軽トラックが前に止まった。 「おお、来ていましたか…」  軽トラックの荷台には、大きな荷物が二つあった。 「この荷物を、この道を登り山の上にある民家に届けて欲しいのですよ。ここから先、車が行けないのでね」  車が行けない先に、何があるのだろうか? 「カゴごと置いて来ていいので、帰りは何も持たずに帰ってきていいです」  地図と荷物を渡された。 「今日のバイト料は、明日渡します。それでは、又明日会いましょう」  再び、軽トラックに乗り、男は去って行った。 「山の上?」  地図は、一本道が書かれていた。 「行くか」  考えていても仕方がない。かごを背負うと、山を登り始めた。  コンクリートの道は、五十メートルもすると消え、草深い道となった。まだ轍があるので、車は走れるのかもしれない。しかし、その道もすぐに途絶え、人が歩くだけの細い道となっていた。  両脇には、背の高い藪が続き、草で腕を何か所も切っていた。 「長袖が必要かも」  長袖と、着替え、虫刺されの薬、水筒、虫除け、あれこれ必要かもしれない。  しかし、思考もすぐに途絶えた。長く続く登り坂、熱さで思考が鈍る。滴る汗は、止まらずに地面に落ちていた。この辛さならば、このバイト料も頷ける。誰も引き受けないだろう。  このカゴの中身は何なのだろうか、十五キログラムは軽くありそうだった。疲れるにつれ、肩に重くのしかかってきた。 「休憩…」  途中、見晴の良い場所で休憩すると、地図で現在地を確認した。半分を超したあたりに今居る筈だった。 「午前中に必ず届けろと、言っていたろ」  高岡は休憩せずに、歩き去っていた。  荷物を運ぶには条件が付いていた。必ず午前中に届ける事。必ず、三時までには山から降りる事。日が落ちる時間までに、山から出てゆくこと。  時計を見ると、十時を過ぎていた。九時に歩き出していたので、一時間が経過していた。ここで半分ならば、後一時間で到着する筈だった。 「行くか」  振り返ると、海が見えていた。日差しを浴びて、光を反射させている。山から見ても、海は近い。
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