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「――ねえ、一体誰がこれを掃除するのよ」
「僕がやるよ」
「やめて、きっと二度手間になるわ」
戸棚から雑巾を取り出して水に濡らし、真っ赤な台所を白に拭き取っていく。
コンロにおかれたままの、怪しい鍋はあえて触らなかった。
「どんな料理をしたらこうなるのよ、全然分からない」
「魚を切ったんだ、頭が固くてさ、こう、ね」
彼が手振りを私に教えてくれる。ものすごい高さから包丁が振り降ろされたようだ。
「もう魚料理なんてしないって約束したでしょう?」
「――でも、リベンジがしたくて」
「魚が可哀想よ」
「少しは上達したんだ」
「食べたくない、きっと悲惨だもの」
「そんなこと言うなって」
「ねえ、ちょっと、顔を貸してよ」
キスをされるとでも思ったらしい、彼は目を閉じて、唇をほんの少し浮かせている。
私は手に持った雑巾で彼の顔についた血を拭き取った。
彼が驚いて目を見張るのが愛らしい。
「え、待って、それ汚い――」
「台所をこんなにしたバツよ」
「魚臭い――」
おあいこさまだ。
彼の唇に指先を押し当てる。彼の頬がさっきよりも真っ赤になった。
「愛してる」
私の彼への愛は、去年よりも一層深いのだ。
私は彼が座卓に運んできた料理を見て愕然とした。濁った液体の中に、ぎょろりと白目を剥いた魚の頭が浮かんでいる。
生臭さも半端ではない。絶対的に煮込む時間が足りていない。
彼は携帯で写メを撮った。
ちろん、と私の携帯に新着メールが届いた。彼からだ。
『ハッピバースデー^^』
まだ続きがある。
ずっとずっと下にスクロールした。
すると突然、ぎょろりとした目玉の魚のスープの写真が画面一杯に広がった。
彼は狂気に満ち満ちた笑みをたたえている。
刺すような冷たい震えが背中を駆け抜けていった。
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