第1章

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 人の業にまみれ、哀れなまま不憫に生きる可哀想ないのち。なんて謳い文句でものたまえたら随分と可愛げのある話だけれど、実際問題こいつらのせいで独立都市の外郭に広がるスラムの街の人間が死ぬ確率はかなり指数的な惨事になっている。日に30人のひとが死ぬとして、内21人はこいつらに喰い殺されるなり撃ち殺されるなりして出来た死体だ。  可哀想だなんて、死んでも思えない。星純は身体の調子を確かめるよう大きく肩を回す。  「悪いけど、テメェにはウチのお給金アンドボーナス兼晩ごはんになってもらう。死んで文句は言わせねーが、おれが死んだら一生恨むからな」  15メートルも離れてない距離の上で、星純は不敵な台詞を不機嫌そうに語る。あるいは、恨みがましく。確かに、こうした〈即席生命機械獣〉ーーあんまり長いので、短くして〈械獣〉と略しーーに親しい知り合いを殺されたことは何度もあるけれど。    星純は機械の熊ーー機熊に向かって歩き出す。機熊は機熊で熊らしく、威嚇の牙を剥き出しに星純へ殺気を飛ばした。覗く犬歯もチタン製か、色が明るいライトグレー。  そして唐突に、大きく開けた口から破裂音が響く。豪快で、いたく乾いた音。星純は咄嗟に身を翻す。  地面が抉れた。古びたアスファルトと柔い粘土質の土がめくれ、砕けた細かい礫の雨が、横殴りに星純の肌を薄く傷つける。今の今まで突っ立っていたなら、この礫に赤色の何かも混ざっていたに違いない。  機熊の閉じた口からは紫煙が立ち上っていた。武者震いのような、豪快な身震いを一度する。ガコンと、鉄扉でも降ろしたような重い音色が機熊から木霊する。  どうやら次弾が装填されたらしい。とすると、やたら巨大なあの首輪はちょっとした弾倉か。  星純は古ぼけたデニムの汚れを払って立ち上がる。ああいう〈械獣〉の砲弾・火薬は体内のナノマシンコロニーによって、それの宿る宿主の栄養素をエネルギーに精製される。宿主が定期的な食餌を怠らない限り、弾の底は尽きない。非合理的な理性をプログラムで潰されたこれらの生命体は、自己保存を最優先に考えるから、餓死という選択もほとんどない。
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