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「お父さんが死んで、慣れないバイトを始めた時、優しく教えてくれた」
濡れ鼠になった男は虚ろな瞳をこちらに向けている。
まるで、目の前に立つ私も、話題にされている相手も、彼にとって見知らぬ人であるかのように。
「あなたも両親を事故で亡くして、学校を止めて働いてたんですよね」
聖貴はふっと視線を落とした。
血の気の失せた頬から顎を、雨の雫が伝って転がり落ちる。
「あたしが『未来(みらい)』と書いて『みく』と読ませるみたいに、本当は『セイキ』じゃなくて『キヨタカ』と読むんだって。そんなことも嬉しかったの」
雨が加速度的に疎らになってきた。
同時に、うっすらオレンジ色を帯びた日差しが辺りを照らし始める。
「あの日、忘れ物に気付いて戻って、あなたが店のお金を盗んでいる現場に出くわした時だって、ただ怖かった」
空から落ち続けていた雫がとうとう止まった。
沈む直前の日の光が濃さを増して、一気に蒸し暑くなる。
「何も悪いことをしていないのに、あんたに追いかけられて、襲われて、写真まで撮られて、ずっとおもちゃにされ続けた」
目の前の相手は額を拭った手をそのままポケットに突っ込むと、黒い物を取り出した。
と、カシャリと微かな音がして、聖貴の手の中に、鋭く白い刃が煌いた。
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