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「気分悪うないのなら、少し私と話しましょうか。私の名は菊乃。ここ、輪違屋の女将をしてます。あんた、暮れ六つ時に急に現れよりましてん。しかも、階段の1番上に。そないな所に急に現れたらどうなるかはわかりますな?階下に真っ逆さまどす。どこも怪我あらへんのは、たまたま階段を上らはってたお客はんがあんたの事、受け止めて下さったからや。その後、あんたの事えらい聞かはるから、誤魔化すのにえらい難儀しましたが、一応今日の所はお帰り頂きました。けど、あのお客はんまた来ますえ。絶対に。好奇心が強いゆうか、疑問はとことん追求して答え出さなあかんような難儀な性格したらはりますよってな。さて。私の話しは以上どすが、これからはあんたの事情とやら、聞かせてもらいまひょか?言うときますが、嘘は通用しませんよってに」
私に言葉を挟ませる事なく一気に言い切った女は、微笑を浮かべながらも嘘なんてついてみようものなら…どうなるかわかりますな?と無言の圧力を私にかけ、そして私はその無言の圧力に負け、脅えながら私の事と私の身に起こったであろう事を、洗いざらい吐いた。
「…信じられへん話しどすな」
私の話を聞き終った菊乃さんがなはった一言である。
まあ、そうだろう。
言った私も信じられないのだから。
だいたい、階段から落ちたら過去に来ていました、だなんて普通の人が聞いたらこいつ頭おかしいんじゃないの?って思うよね。
私だったら思うもの。
でも、菊乃さんが嘘ついたら…って私を無言で脅すから、真実…ってか、ありのままの事を喋るしかないじゃないか。
未だ混乱する頭を宥めながら、うだうだ考えていると、菊乃さんは重い溜息を一つ吐き出した。
私、どうなっちゃうんでしょうか。
「信じられへん話しどすけど。…信じな始まらへんのでしょうな。…昔、私の何代か前の女将さんから言い伝えられとった、時の迷い人…なんでっしゃろなぁ。あんた。ただのお伽話みたいなもんやと思ってましたわ。あんたを実際に見ても、未だに信じられへんけど…」
私の顔を真っ直ぐ見ながら、菊乃さんは噛み締めるように、言った。
「信じられへん話しやけど、あんたがここにおることは、現実で事実やから。あんたは、これからの事考えなあかん。…生きる為に。せやから、これは私からの提案や」
あんた、ここで働きなはれ。
いつか、戻れる日まで。
生きる為に。
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