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「明里、いつものお方がおこしどす」
「げっ」
「げっとは何事や。お客はんはお客はんどす。早うお支度しなはれ」
「菊乃さーん、今日は明里はいませんって断って下さいよ~。ここんとこ毎日やないですか~。もうヤダ」
「あきまへん。あんた、自分の食い扶持くらい自分で稼ぎなはれ」
「うぅ…なぜこんなことに…」
「ぐちはええさかい、早うしなはれ」
菊乃さんの言葉に、私は半泣きになりながら支度を始めた。
『いつか帰れる日まで、ここで働きなさい。生きる為に』
菊乃さんの言葉通り、あの日から私は輪違屋で下働きとして働き始めた。
私には年季とかないし、この時代の人間でもない為、芸妓として働く必要がなかったからだ。
太夫や天神、他の芸妓さんのお支度をお手伝いしたり、ちょっとしたお使いを頼まれたり、本当に毎日の食い扶持を稼ぐだけのお仕事だった。
芸は売るがカラダは売らない。
輪違屋は、そう言う店だった。
花街にあるからといっても、全部が全部そんな店ではない。
私は、ここに来て、それをはじめて知った。
芸妓のお姉さんも、皆優しくて、暇な時間ができたからと私にちょこちょこと芸事を教えてくれたりもした。
ちょこっとやって褒められて、褒められるという行為に餓えていた私は、必要以上に例のよくない癖を出してしまった。
それで散々家族だったモノたちにきみ悪がられたというに、私はまったく愚か者だ。
しかし、ちょこっと教えるを完璧にこなし、それを次々と自分のモノにしていく私を、この時代の人は特別きみ悪がったりはしなかった。
寧ろ、羨ましいとさえ言われ、皆嬉々として私に色々な事を仕込んで…否、教えてくれた。
まさか、それがこの後、輪違屋を助ける事になろうなんて事、皆ほんの少しさえ思っていなかっただろう。
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