1人が本棚に入れています
本棚に追加
驚異的な身体能力はない。
この場を打開できるような、名案を一瞬で思い付いて実行するような能力もない。
火事場のなんとかのような、ギリギリの状況下における覚醒もしない。
それでも、踏みしめた。
「オオオォォォォォ!!」
なにか策があるわけでも、勝算があるわけでもなかった。
痛みをこらえて、突き進む。
追っ手の目の前を、すり抜ける。
体のあちこちで、鈍い痛みが炸裂する。
しかし、止まらない。
喉から血を吐いても、全身に固い熱の塊がまとわりついたように、感覚が徐々に鈍くなっていっても。
叫ぶ。
走る。
叫んで、走り続ける。
何回、そもそもなにをされたのかは判らないが、何回攻撃されたのか。
(……………………?)
もうほとんどわからなくなってはいたが、衝撃が、攻撃が途切れる。
それでも走る。
走って走って走り続けて。
硬く冷たい床の上に、倒れこんだことに気付くまでに、どれほどかかったのか。
腫れきって、硬く重い瞼を、ジリジリと押し開ける。
(い…ない…?)
扉も、敵も、なにもない。
指一本動かせないなかではありがたいが、不気味だ。
携帯端末は、いつだったか。
もう、とっくに落としてしまっていた。
個人情報のことを考えかけ、その無意味さをさとる。
冷えた床がなぜだか心地よく。
最初のコメントを投稿しよう!