六月二十八日

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「お前はもう【こちら側】のモノだよ」 青年はぴたり、と足を止める。 「膂力は人間だった頃より増えた。電車を従わせる力も日に日に強くなってる。ホントは気づいてるだろ?」 「……」 青年は答えない。 女はなおも言葉を紡ぐ。 「お前がどれだけ拒絶しようが【こちら側】への変化は始まってる。もう【向こう側】へは戻れない」 「……」 「大切な人間を巻き込みたくないなら【向こう側】のものを捨てな。多少は縁が薄まるはずだよ」 「……うるせぇ」 「雨月(うげつ)、」 「オレは雨月じゃねーよ!」 青年がようやく振り向く。 そして憤怒と嫌悪が混ざった目で女を睨んだ。 それでも女は--少なくとも表面上は--冷静だった。 「名前だって縁の一つ。だからあたいは最初に【こちら側】での名前をあげたの」 「好きでもらったんじゃねぇ」 「そうよ、無理矢理あげたもの。お前を【こちら側】に繋ぐために。それにお前も『それでいい』と言ったじゃないか」 「あのときはそうしなきゃなんなかったからだ」 ホームに沈黙が降りる。 青年は女を睨み付けたまま、女は青年をじ、と見つめたまま、なにも発しない。
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