六月二十八日

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「……早く慣れてくれないかねぇ」 青年の姿がホームから完全に消え去った後、女が一人ごちる。 ゴォォォ 唸り声のような、断末魔のような音が遠くから聞こえた。 他のホームを電車が通過したらしい。 「でも最初に比べたらまだ丸くなったのかもねぇ」 風圧から生じた風が女のいるホームにも吹き込む。 風は女の前髪をわずかに乱した。 「それにあの真っ直ぐ具合が雨月が雨月たる所以(ゆえん)だし、そこを気に入ったのもあたいか」 くす、と女が笑う。 おかしそうに、愛おしそうに。 先程まで一緒にいた青年を思い浮かべて。 「いつになったら振り向いてくれるのかねぇ。あたいが見初めた、あたいの花婿さんは」 鋭く尖った歯を隠しもせず、尚も女は笑う。 わずかに乱れた前髪の間からは根元からぼきり、と折れた角が覗いていた。
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