六月二十八日

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颯太が駅員や家族に話したのはショッピングモールの帰りに利用した地下鉄の中で弟がいなくなったということだけ。 地下鉄での奇妙な出来事--色褪せた人々や弟が降りた不気味な駅などのことだ--は一切話さなかった。 車掌に発見されたときは眠って(颯太自身からすれば眠った意識はまったくなかったのでこの言い方は微妙なところだ)いたし、言ったところで「夢でも見たんだろう」と一蹴されることが目に見えていたからだ。 だから、弟があの不気味な駅から戻ってくることはないだろうという予感を持っているのも颯太だけだった。 -ああ見えて頑固だからなぁ。一度決めたことは絶対にやっちゃうし。 弟があの駅に残ったのは自分の意志だということは最後に見えた弟の表情から察することができた。 無愛想で口が悪い弟だが自分で決めたことは絶対に貫き通す、傍から見れば愚直とも言えるようなまっすぐさを持っている。 こうなった弟に家族とはいえ他者である自分がなにかを言っても無駄なことは長年の経験からわかっていた。 -それでも、 颯太はスマホを操作する。 数秒も経たずに呼び出したのは新規メールの作成画面だった。 -いなくなるのは急すぎるよ。 題名にはなにも書かず、直接本文に文字を打ち込む。 勢いのままに書いたメールはとても短かった。
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