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今日、会社を退職した。
二十数年連れ添った会社だった。
課長は経営合理化のために仕方ないと平謝りしていた。
課長は在任するんだそうだ。
スーツを脱ぐのも面倒で、そのままリビングの椅子に腰掛けた。
郵便受けから取ったチラシに混ざって、妻からの手紙があった。
指で封を切ると、一枚の便箋が入っていた。
『養育費、もう結構ですから』
そのひと言だけだった。
妻とはもう十年も前に離婚した。
私の浮気が原因ではない。ただ家庭のために身を賭して働いた結果だった。
息子もそろそろ成人した頃だろう。
それにしても、妻のこの言い草には腹が立った。勝手に私を嫌いになって、勝手に息子を連れて出ていき、挙句、一切息子には会わせずに養育費を巻き上げてきたのだ。
用が済めばポイか。
会社も妻もどうかしている。
携帯がブルル、と震えた。震えが太もものあたりを走った。
マナーモードに設定したままだ。
メールボックスを開くと、元同僚からのメールがずらりと並んでいる。
同じくリストラされたという報告だとか、慰め会の日取り、もしくは優秀な社員からの励まし。
埋れるように一件だけ、知らないアドレスからのメールがあった。
『新たな出会いを!』
私は決定ボタンを軽く押した。
『あなたのアイデンティティは何でしょう。制限時間は十秒、さあどうぞ!』
何なんだ、このメールは。
ずっと下にスクロールしていくと、続きがあった。
『制限時間内に答えれなかった、そこのあなた!今すぐ下記URLに飛びましょう!そこに新しいあなたと、新しい出会いが待っているはずです!』
URLが青く誘っている。
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