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【この刃がこうきたら、後ろに下がらず軌道を見極めながら前進してかわし、すり抜け様に腕を刈り取りなさい】
【山の下では様々な武器が生まれていますが、単純なモノほど優れています。飛び道具に頼る愚を犯さず、確実に仕止められる得物を選びなさい】
【裏司(リス)としての使命を果たすために、その知識を蓄えなさい。裏司とは、闇に生き、闇を狩り、闇に帰るモノです】
わたしが覚えている【にんげん】の印象は、これくらい。
物心つくときから一緒にいて、ついさっきわたしがその命を奪った。
その【にんげん】は、わたしと死合う前に、「貴女は裏司としての技術と知識を全て使い、私を狩りなさい。出来なければ、私が山を降りることになります」と言った。
わたしにしてみれば、左腕を失い、右目の見えない【にんげん】に負けるわけはないのに。
勝負は一秒とかからずに終わった。
その【にんげん】は、わたしのナイフで16分割の肉片となった。
最後に、「愛しています、希。母は先に逝きます」と聞こえたのは、きっと気のせい。
汗ひとつかかないで狩りを終えたわたしは、小屋に戻り準備に取り掛かる。
山の事なら隅々まで知ってるわたしでも、下の世界はまったくの未経験。
準備に怠りはあってはならない。
「これと、これ。…うーん、これはいらないか」
必要なモノを唐草模様の風呂敷に詰め込み、準備完了。
「あとは、これ」
わたしは腰ベルトの背中に取り付けている鞘に、先ほどの戦いで使った愛用のナイフをしまう。
両刃のそれは肉厚で幅広。
長さは柄まで合わせれば、40センチ強。
一見、出刃包丁の刃を合わせたような形にも見えるそのナイフは、もう一人のわたしだ。
わたしが生まれた時に鍛えられ、ずっと一緒に育ってきたもう一人のわたし。
「…さあ、行こう。リスとして生き、リスとしてここに帰るために」
わたしは山を降りる。
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