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乱れた制服を直して、
それから溜息交じりの言葉が上から寄越された。
「いつから付き合っている?なんと言って誘ったんだ」
「私、誘ってない」
「婚約したばかりの彼から誘うはずがない。彼になんと言って近づいた?」
「なにも、言ってない」
「薫」
静かで心に響く声。
そこには、
先程まであった剣呑なものは含まれず、
まるで父親が反抗期の娘に言い聞かせるような、
託すようなそんな声音。
「恋愛するならパートナーのいない男を選べといつも言っているだろう。何度も痛い目にあって、なおそれでもまた同じ事を繰り返す。いい加減懲りろ」
綺麗な琥珀色の目が自分を見つめ、
大きな掌が優しく頬を撫でながら続ける。
「お前は、現実逃避するために疑似恋愛しているに過ぎない」
「どういう意味?」
「言葉通りだ。お前は自分の過去に囚われ過ぎだ。過去の見たくないもの思い出したくないものから逃げる為、夢中になれる恋愛に身を置いているに過ぎない。一時的な恋愛でその場その場をしのいでいる。お前のしている恋愛は、期間限定のすぐに忘れる程度の『好き』だ」
「そんなことっ」
「そうだろう。パートナーがいない男との純粋な交際は、自分の過去の交際と重なり思い出してしまうから求めない。本当は自分で気付いているはずだ」
「ちがう」
「もう過去は忘れろ、彼の死は海での事故だったんだろう。お前は悪くない」
「やめてっ、優君の・・・話はここでしたくない」
そう言った自分の声が震えているのに、
自分でも驚いた。
傷もないのに痛くて仕方がない。
ザクザクと突き刺さるような痛み。
こんなに痛いのに、
どこが痛いのかがよく分からない。
痛くて仕方がないから、
あまりにもリアルに痛いから、
だからきっと、
・・・・・・誰かにすがりつきたくなる。
なぜあの時、
この男に自分の過去を話してしまったのだろう。
夢でうなされ、
混乱した頭の中で思わず告白してしまった事。
言わなくてもいいことまで、
ゼンブ正直に言って、
泣いたコト。
「・・・悪かった」
上司が静かにそう言い、
優しく包み込むように両腕でそっと私の体を抱きしめる。
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