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「今さらこんなこと言ってごめんなさい。どうしてもちゃんとお礼とお別れが言いたかったので」
僕が何も言わないので、彼女が必死に話を繋いでいた。
きっと僕の言葉を待ってくれているのだろう。
解っていても、声が出せなかった。
「じゃあ、これで……」
暫くの沈黙の後、彼女が諦めたように呟いた。
これで終わりにしていい筈がない。
きっと二人きりで話せるのは、これが最後だから……。
意を決し、大きく息を吸った。
「……晴奈」
「えっ……?」
「幸せになれよ」
それだけ言うのが精一杯で、僕は一方的に電話を切った。
そして、逃げるように歩き出した。
言いたかったのはそれだけだ。
どうか幸せに。
「……貴一!」
早く立ち去りたかったのに、部屋から出てきた彼女が僕の名前を叫んだ。
名前で呼ばれたのは初めてだった。
僕の躰は忽ち動きを止めた。
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