犬も歩けば猫に当たる3

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黒猫は俺の言葉を呑み込ませた事など全くおかまいなしに縁側に戻ると、探していたサイコロを男性の目の前で広げて見せる。 「4」 「お、おお。じゃあお前次振れ。先生もそんなとこ突っ立てないでこっちこいよ」 「あ、はい……」 「……」 彼女は近づいてきた俺の気配を感じながらも振り返る事無く、男性に対峙するように空いていた座布団の上に正座すると、すっと盤上に賽を振るう。 まるで鈴が鳴っているような音を立ててサイコロが盤上に止まると、そこで初めて何の表情も見せなかった彼女が少し悔しそうに唇を歪める。 「……2」 「じゃあおれが黒だな。置き石(ハンデの事。多くある程実力差があるとされている)はいくつがいい?」 「いらない」 「ばっか野郎。おれは仮にも名人、蛍ちゃんは違うだろうが」 縁側の端に座り2人のやり取りを見つめると、1人はすぐに俺の視線に気が付き「やりながらいいか?」と申し訳なさそうに頭を掻いている。 「俺が突然来たわけですから。俺こそ邪魔にならないですか?」 「いいってことよ」 やっとまともな言葉を言えたと思っていると、「ちゃん付けすんなじじい」と、後ろ姿からは想像も出来ない位辛辣な言葉がかぶさるように聞こえてくる。 「はいはい、置き石2つでいいですかー?」 茶化すような言葉に舌打ちが聞こえたが、名人は気にする事無く盤上に相手の石が入った桶から白石を2つ置くと、自分の手元にあった桶から黒石を持つ。 「「よろしくお願いします」」 「!」 互いに礼をした瞬間空気が変わる。それが離れた後ろにいても伝わってくる程の緊張感に、穏やかな日の光を浴びた縁側のコントラストが新鮮で斬新だった。
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