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感じた事のない広がる光景に、美意識も覆されそうになる。
合間合間に名人が声をかけてくれているのはわかったが、正直まともな返答をしていたのかはっきり覚えていなかった。
柔らかい光を浴びながらも、固く硬質な白と黒の石が、同じようにぬくもりを感じさせる木製の碁盤の上に広がっていく。
音は硬くしなるように響くくせに、音が外れて不協和音を奏でる事はない。
(白と黒の世界……)
俺が惹かれて離れられない世界がここにもあった。
白(無罪)と黒(有罪)が好きで始めた弁護士という職業。
白(利益なし)と黒(利益あり)がわかりやすくて変動しやすくて、捕まえにくいからこそ面白いと始めた株もそう。
それと同じ世界がこの小さな世界でも広がっている。
囲碁はここにくるまでに話題として必要だろうと調べたが、何だかいまいちよくわからないし、惹かれたと言っても囲碁という競技に対してではない。
だから今繰り広げられている戦いのどちらが有利で不利なのかもわからないし、興味もない。
それなのに魅入っている自分もいる。言葉を挟むのも勿体ないと、口をつぐみそうになる。
興味があるのはこの2人の打ち手に対して、といった方が正しい。
乾いた音が弾けるととともに、視界に軽い花火のようなものが散る。
「おっと。いいところ打ち込むな」
「しゃべってばかりだから」
「先生ももっとこっちきなよ。そんなに離れてると茶を出すのも面倒だ」
「あ、はい……」
言われるまま縁側の中側、2人の対局を見る事が出来る位置に座り直せば、さっきまで後ろ姿しか見る事が出来なかった彼女の瞳が見える。
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