犬も歩けば猫に当たる3

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見てみたかった猫の瞳はただ真っ直ぐに盤上に注がれていて、茶化しながら俺の話を聞いている名人を射殺さんとせんばかりに見つめている。 その瞳には情熱よりも熱いものが宿っていて、それなのにドロドロと気持ち悪いものではない。 殺意とも劣情とも違う、初めて見るものだから、どう表していいのかわからない。 ただ思う。その瞳に映ってみたい。と。 本能的に思ったのか口にしたのか。しかし彼女の口から言葉は返ってこなかった。 長考する名人が俺の気持ちを汲み取るように俺と彼女を交互に見て、にやりと笑う。 「若先生よぉ、こいつはダメだぜ。こいつは囲碁の神様に惚れられてんだ」 「え……」 ぱちっと音がして黒が白の盤上に斬り込んだかと思えば、白を持つ彼女の顔が悔しそうに歪む。 「おれの孫娘、蛍(けい)っつーんだ。これでもこいつもプロだぜ」 「え!?」 大きな声を出したのを不愉快に感じたのか、盤上と相手ばかり見ていた瞳がこちらを向く。 「っ」 思わず口を塞ぐ仕草をすれば、それでいいとばかりにふいっとまた盤上へ視線が戻る。 「先生には縁のない世界だからわかんねーかもしれないが、こいつ最年少でプロになった天才って奴だぞ。今の内サイン貰っとけ」 「天才じゃない」 続いて年齢を言われてさらにびっくりする。確かに体つきと、名人に対してのみ発せられる言葉には幼さを感じさせるものはあるが、それ以外の纏う空気や瞳は俺と同じ位か、それ以上と言われても違和感がない。
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